【大津島】写真で巡る「回天の島」

Uncategorized
大津島に到着 馬島港の看板

山口県周南市にある大津島

徳山港から約10kmの瀬戸内海に浮かぶ

人口161人の島

徳山港からフェリー約45分ほどで到着

現在は豊かな自然が広がる穏やかな島

そんな大津島は太平洋戦争末期に

人間魚雷「回天」の訓練基地が置かれていました

現在も回天訓練基地跡や

関連する遺構が残されています

今回は実際に大津島を訪れ

写真を撮りながら島を歩いてきました

自然豊かな現在の大津島 そこに残る戦争の歴史

実際に見てきた景色の写真と

大津島で感じたことを紹介していきます

徳山港からフェリーで大津島へ

大津島へは 徳山港からフェリーで向かいます

徳山ポートピル

徳山ポートピルの中で船のチケットを購入

徳山~大津島の大人片道運賃は720円

フェリー乗り場です

どこの港で降りても お値段は変わりません

大津島には 瀬戸浜・刈尾・馬島の3つの港があります

回天に関する施設や遺構を巡るため 馬島港で下船

大津島巡航の→運行情報
      →時刻表

徳山港へのアクセスと駐車場

大津島へ出港

車で徳山港へ向かう場合は 港に無料駐車場があります

満車の場合は 周辺の有料駐車場が利用できます

公共交通機関を利用する場合は

JR徳山駅から徳山港まで直進するだけで

徒歩約5分で到着

目次へ

大津島に到着

大津島に到着 馬島港の看板

大津島に到着して すぐこの看板が目に入ります

看板には 「ようこそ 回天の島 大津島へ」 と書かれています

「回天の島」という言葉が 大津島より大きく中央に

島の玄関口といえる港を出てすぐの場所で

大津島という名前とともに

「回天の島」ということを強く伝えている

この看板を見て

大津島は回天の歴史を残し

伝えていく場所でもあるのだと感じました

回天とは

「回天」は 太平洋戦争末期に開発された人間魚雷です

魚雷に大量の爆薬を搭載し 人が直接操縦して敵艦に体当たりする特攻兵器として作られました

太平洋戦争の戦況が厳しくなる中で 日本海軍では戦局を逆転させるための特攻作戦が考えられていました

その中で 九三式酸素魚雷をもとに 人間が操縦して敵艦へ体当たりする兵器として「回天」が考案されました

昭和18年の秋 海軍の黒木博司中尉と仁科関夫少尉が 九三式酸素魚雷に着目し 人間が操縦する兵器として開発を進めました

その後 試作機の開発や試験が進められ 昭和19年8月に正式な兵器として採用

大津島が訓練基地に選ばれたのは もともと酸素魚雷の試験場があったことに加え

特殊兵器である回天の機密性を保つ必要があったためです

昭和19年9月1日に 大津島に回天訓練基地が開設

回天という名前

「天を回らし戦局を逆転させる」という意味が込められている

目次へ

自然の中に残る戦争の遺構

まずは回天記念館へ向かうため海辺の道を歩きます

大津島を歩いて印象に残ったのが

島内に設置された案内看板の多さです

看板には現在地や周辺の観光場所などが

シンプルに書かれており

初めて訪れた私にとって とても親切な案内でした

島内にいくつも設置されている案内看板
現在地と観光名所の位置が示されています

自然の中に残る高い壁

当時の秘密保持のための壁が現在にも残されている

自然豊かな道を進むと 当時の高い壁が残っています

この壁は 回天の整備工場などの秘密を守るため

島民が通る道と工場との間を仕切る目的で設けられたものです

当時は島で暮らしていた人たちがいた一方で

基地では回天に関わる施設が整備されていました

今の大津島の穏やかな雰囲気の中に

当時の戦争に関わる遺構が残っている

その景色を見て 当時の生活の中に戦争があったことを感じます

戦争の歴史は特別な場所だけに残っているのではなく

こうした日常の風景の中にも残っているんだと感じました

現在の大津島小学校の横に建てられている当時の壁

目次へ

3. 回天記念館

回天記念館の正面 道の両側には搭乗員の方の銘碑があります

回天記念館へ到着しました

記念館の正面から そこへ続く道には石畳が敷かれ

両側には搭乗員の方の銘碑があります

当時の下士官宿舎のあった場所

当時は練兵場と下士官宿舎として使用されていた場所です

回天の実寸大のレプリカ

記念館の前には実物と同じサイズで作られた回天のレプリカと

回天に搭載され九三式酸素魚雷のエンジン(実物)があります

周辺には回天碑や平和祈念の鐘があります

当時の兵器を再現した回天

現代の日常では見ることのない独特な形と存在感

この場所で戦争のための兵器が作られ

訓練が行われていたんだということを強く感じました

平和祈念の鐘

回天の横には、平和祈念の鐘もあります。

この鐘は、毎年8月15日に大津島で行われる「平和の鐘を鳴らそう」式典で鳴らされています。

周南市によると、戦争で亡くなった方々の冥福を祈るとともに、世界平和への誓いを新たにするための式典です。

戦争に関わる歴史を残す場所に、平和を願う鐘が置かれていることも印象に残りました。

平和の鐘

回天記念館の中へ

回天記念館では 回天に関する資料や遺品 遺書 手紙 軍服 遺影などが展示されています

回天の内部構造や

仕組みについての説明を見ることができるほか

元搭乗員の方たちが回天について語る

「時代の証人」という映像もあります

収蔵品は約1,300点にのぼり

基地を再現したジオラマなども見ることができます

下記は 館内を実際に見て感じたことを書いています

回天記念館で感じたこと

館内には 元搭乗員の方たちが回天について語る「時代の証人」という映像があります

映像は約25分

正直にいうと 私は少し長く感じました

それでも 時間に余裕があるのであれば ぜひ見ておいてほしいと思います

展示されているものを見るだけでも 回天がどのようなものだったのかを知ることはできます

しかし 実際に回天に関わった人たちの言葉を聞いてから展示を見ると 少し見え方が変わりました

当時の人たちが どのような思いで回天に関わっていたのか

今を生きる自分には すべてを理解することはできません

それでも 実際に関わった人たちの声を聞くことで 展示されている手紙や遺品

回天そのものを 少しずつ受け止めながら見ることができました

回天の内部構造を見ていると まず感じたのは「狭い」ということでした

回天一型は全長14.75m 胴体の直径は1mで 1人乗りです

その限られた空間に人が入り 操縦していました

実際の構造や大きさを知るほど

「どのような気持ちで この中に乗り込んだのだろう」と考えます

そして 回天は操縦そのものも非常に難しい兵器でした

航行を開始すると燃料が消費されることで浮力が増えていきます

そのままでは海面に浮上してしまうため

機体内の海水タンクに手動で海水を注入しながら

浮力を調整する必要がありました

さらに 海面に浮上しすぎないようにしながら

海底にも突っ込まないよう深度を調整します

水平方向についても進路を調整する必要がありました

攻撃時には 潜水艦から伝えられた目標艦の進路や速度などの情報をもとに進行方向を決めます

そして目標に近づくと 再び浮上して目標を確認 進行角度や深度を修正して攻撃へ向かいます

こうした複数の操作を行いながら目標へ向かわなければならなかったため

回天の操縦は非常に難しく 訓練中にも事故が頻繁に起きていました

実際に回天の内部構造を見て これほど限られた空間で さまざまな操作を行っていたことに驚きます

回天の訓練は大津島で行われました

訓練開始2日目の昭和19年9月6日には 黒木大尉と樋口大尉が乗った一号艇が海底に着底して動けなくなる事故が起きています

救助が間に合わず 酸欠による初めての殉職者となりました

その後も 訓練中の事故などによってさらに13名が殉職しています

戦果を上げるための訓練である一方で 命をかけて任務に向かうための訓練でもありました

そう思うと「どのような気持ちで この訓練に向き合っていたのだろう」と考えます

私は 館内で実際に回天へ関わった人たちの声を聞いたことで

その疑問を抱えたまま展示を見ることができました

すべてを理解できたわけではありません

それでも ただ「昔の戦争の資料」として見るのではなく

そこにいた人たちの言葉や思いを意識しながら見ることで

展示から受け取るものも変わるのではないかと思います

回天による戦果と犠牲

そのうえで 回天が実際にどれほどの戦果を上げたのかも気になりました

周南市の資料では 回天による主な戦果として 3隻の撃沈と4隻の損傷が記録されています

一方で 日本側では 回天搭乗員106人 整備員など39人 潜水艦乗組員811人が帰らぬ人となりました

単純に数字を並べると

7隻の撃沈または損傷に対して 956人の犠牲

ということになります

もちろん 戦争の結果をこの数字だけで判断することはできません

それでも 実際の戦果と そこに関わった人たちの犠牲を知ることで

回天という兵器がどのような結果を残したのかを考えるきっかけにはなると思います

回天記念館で実物に近い大きさの回天を見て 当時の人たちの声を聞き さらにこうした数字を知る

そうすることで 私は大津島で起きていたことを 少しずつ現実のものとして受け止められるようになりました

回天について少し詳しく

回天一型は 九三式酸素魚雷をもとに開発された兵器です

九三式酸素魚雷は 燃料を燃焼させるために空気ではなく高濃度の酸素を使用しました

空気を使う場合は 酸素だけでなく大量の窒素も一緒に取り込むことになります

しかし酸素を搭載しておけば 燃焼のために空気を取り込む必要がありません

そのため 排気するガスの量を大幅に減らすことができ

魚雷が進んだあとに残る気泡の航跡も非常に小さくできました

敵から発見されにくくすることが 九三式酸素魚雷の大きな特徴の一つでした

回天一型では この九三式酸素魚雷の機関が推進装置として使われています

回天は魚雷をそのまま人が操縦するものではなく

九三式酸素魚雷をもとに 人が乗り込んで操縦できるようにした兵器です

回天記念館の基本情報

開館時間:8:30~16:30
休館日:毎週水曜日、年末年始
入館料:大人310円
18歳以下の学生・幼児:無料

→周南市回天記念館の公式サイト
※最新情報は訪問前に公式サイトで確認してください。

目次へ

魚雷発射見張り場へ

魚雷発射見張り場への道中

ここからは山登りに切り替わります 笑

道中の眺めは最高です!!

道中から見える景色

魚雷発射見張り場へは歩きやすい靴

山道のため肌の露出はできるだけ抑え

虫よけスプレーや飲み物も準備しておくと安心です

魚雷発射見張り場に到着

魚雷発射見張り場

山道を進むと 魚雷発射見張り場が見えてきました

コンクリート造りの存在感のある建物です

周囲の自然に溶け込んでいて

静かで柔らかな場所でした

当時の建物が自然の中に残されていて

少し廃墟のような雰囲気もあります

現在は周囲に木々があるためか

見張り場から海を大きく見渡すことはできませんでした

ここまで歩いてきたこともあり

見張り場に着いたときには

達成感と運動不足の解消を得ることができました

魚雷発射見張り場について

魚雷発射試験場で行われる試験を見張るための施設として
基地配置図にも「魚雷見張所」と記載されています
ここは回天の基地になる前から魚雷の実験場でした

目次へ

回天訓練基地跡へ

魚雷発射見張り場を後にして

次は回天訓練基地跡へ

道中に 現在の大津島小学校の敷地があります

現在小学校の敷地 当時の整備工場棟の跡地

ここはかつて回天の整備工場が置かれていた場所です

当時は魚雷調整場や工員宿舎

炊事棟などが建てられていました

これらの敷地を囲うように壁が設置されています

現在も敷地内には

変電所・危険物貯蔵庫・点火試験場など

当時の施設が残されています


着きました!! 回天運搬用トンネルです

このトンネルは回天を訓練基地へ運搬するときと

予備の回天を保管する場所として使われていました

そのため中は途中広い空間があり

その場所に当時の写真も展示されています

トンネルの中へ入ると

外で聞こえていた虫の音が一気に遠ざかり

静かな空間に‥‥

トンネル内は薄暗いです 黒い跡は運搬用のトロッコのレール跡です

トンネルの中は風がよく通り 涼しく感じました

中は少し暗いものの

歩くのに困るほどではありません

長さ約247m 高さはおよそ4m

当時は回天を整備工場から訓練基地まで運ぶための

トロッコのレールが敷かれていました

現在はレールが敷かれていた跡が残っています

実際に歩くと 当時の様子も想像しやすかったです

トンネルを抜けると

いよいよ回天訓練基地跡が見えてきます

訓練基地跡

海の上に大きなコンクリート構造物

周囲は静かで穏やかな海

その中に重厚なコンクリートの施設

とても印象的な光景でした

戦争に関わる遺構ではありますが

自然と海に囲まれた場所に残っている姿は

幻想的に感じました

この場所 もともと九三式酸素魚雷の発射試験場として造られました

1944年から 回天の訓練基地として使用されました

回天の訓練では

この基地から沖合へ出て

設定された訓練水域を航行していました

基地には回天を海へ降ろすためのクレーンがあり

クレーンで回天を吊り上げ 海面へ

現地には クレーンが設置されていた場所

回天を運ぶための施設の跡も確認できます

ここから実際の訓練が行われていたことを知ると

目の前にある施設の本来の意味と向き合う時間を過ごせました

目次へ

写真を撮る目線で感じた大津島

戦争遺構に対して「魅力的」という言葉は

適切ではないかもしれませんが

実際に訓練基地跡を目の前にすると

静寂の中で建物の存在感がより強く感じられました

圧迫感よりも 静かで落ち着いた場所

居心地がいいと感じてしまう場所でした

近くには「魚釣り禁止」と書かれた看板がありました

もちろん禁止されているので

釣りをすることはできません

それでも ここでゆっくりとした時間を過ごしながら

釣りをしたくなる気持ちは 少し分かる気がします 笑

条件によって様々な景色を見せてくれそうです

海と空を大きく入れて撮影すれば 海の上に浮かぶような姿を

もっと印象的に残せそうだと感じました

今回は昼間の撮影でしたが

次に訪れるなら 夕日を背景にシルエットで撮りたいです

また写真を撮りに来たいと思える場所でした

大津島を歩いて 自然や海だけでなく

戦争時代の遺構も風景の一部です

その遺構の歴史を少し知ってから歩くことで

歴史にも思いをはせながら撮影することができました

自然と海 そして戦争の遺構によって

大津島ならではの景色が生まれているように感じます

写真を撮る場所としても素敵で

同時に歴史について考えるきっかけにもなりました

大津島へ行くことができて 本当によかったです

気をつけたいこと

飲食物の事前準備

島内にはコンビニがありません
飲み物は島へ渡る前か馬島港近辺の自動販売機で
調達をしておくと安心です

※島内に飲食店あります

フェリーの時間に注意

帰りのフェリーの時間を確認
特に魚雷発射見張り場まで行く場合は
時間に余裕を持った計画がおすすめです

服装・靴について

島内は長い階段や山道もあります
魚雷発射見張り場まで行かれる場合は
自然の中を歩くため
肌の露出を抑え
必要に応じて虫よけ対策もして
運動靴など歩きやすく動きやすい服装がおすすめです

※個人的には小さいタオルも欲しかったです 笑

目次へ

コメント

タイトルとURLをコピーしました